カタセテロジュマン -93ページ目
<< 前のページへ最新 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93

美術教師の話

2007.3.26移転

女子中学生の話

2007.3.26移転

担任教師の話

2007.3.26移転

夢野久作のごたる話ね

父、茂丸のそのひと言に微笑んだ男がその名を名乗る
今一度14行の歌と音を今夜持てる力の残り全てとそれ以上を用いて尽くしたいの
かつて命を謳歌した老人のその心と言葉とはにかんだやさしい微笑を
今夜私は更なる老婆になりすましこっそりと持ち帰った

稲村ヶ崎のその向こう、由比ガ浜のその海岸に
激しく美しくはかない光の技 くりかえされる歓声と花火
その潮騒の浜べを背にしてまっすぐ歩けばそこが和田塚
近く遠いその名を冠すひとくくりの町並みにあなたをみたい

その日を考えその夜を望んでそしてあと何年かはもっと老いるまでの何年かは
懸想は止むことなく視線と視界を透かしつづけるの
その姿と形はあなたという名を仮に真に名乗って

56番目の力づくは苦しいほど命懸けのようやくのひと絞り
本当は言葉も心も意味も説明はいらないんだできないんだ
笑ってただ笑ってあの岬をその向こうをみているだけでただそれだけ


n゜65

オモチャ

「どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮しているのであるが、それでも、なんとしても、どうにもならなくなってしまう場合がある。」(『玩具』太宰治)


それほどまでに、なんとしても、というほどに、何かをしたことがあっただろうか。
「大丈夫」
その一言が彼に必要だって、わかっていてわざと言わなかったのではないのか?
「なんとかなる。心配するな」
その言葉を自らに言い聞かせなければならないのは、自信と不安のせめぎあいを

「大丈夫」
の言葉の主が解消する能力がないからだ。
泣いてはいけない。
今ここで泣くことは、自分へのただの哀れみになってしまう。
そう、あてになどなる由もないって、本当は彼がいちばんよく知っているはず。
だからなんだ。
それがどうした。
いつかのあの日から櫂になりたいと考えたのは嘘じゃない。
それがようやく実現しそうになっているのに、今さら、後へなど引けるものか。
所詮あてにはならない。
脳力も財力も権力もなにもない。
彼は彼で持ちうる力を使い賢明に道を決定するのだとわかっている。
かまうものか。
どうせ今までだって何の役にも立たないし無駄に生きてきただけ。
何かしたいと思ったってできるわけなどないんだ。
泣いてはいけない。
過ぎてきた時間をいくら認めたくなくとも、排斥はできない。
選んだのは、決めたのは、その判断。
などと、冷静ぶってでも言ってみないと、とても耐えられない。
彼の何らかのいくばくかの苦痛を癒すのは、誰でもない、他ならない彼自身でしかないのだから。どんなに、何かを手伝いたいと思っても、不可能。絶対に不可能。

入り込む余地など、あるはずもない、あってはいけない。
最高級の燭台に、100円ショップのランチョンマットはいただけません。
そういうのは、私は好かない。
けれども。

なんら優越な力を持ち合わせていないうえに、失くしてしまえないほど守るべきものももはや何もないのだから、せめてそれが救い。
強く押すものもなし、強く引くものもなし。
得たいと思うものもなし、手放せないと思うものもなし。
一切合財私の個人の所有によるものなど、世の中に存在しうるはずもないのだから。


「どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮しているのであるが、」


そうして、暮らしていけばいい。
そうして、この時間と時代を間借りして暮らしていればいい。
ただそれだけのこと。
ただそれだけさえできれば、それが最善なはず。
それくらいは、この幼稚な頭脳でさえわかる。

何もみない。
聴かない。
さわらない。

ひとりで行く。私が決めて選んだことなのだから。
誰のためでもなく、私自身が、私自身のために。
だから、言い訳は、なしだよ、あたし。

薄ら笑い浮かべて。


n゜98

プールで

鼻から水が入ったような感じ
痛み
つんとした痛み
少しはっきりしなくなってる視界
思考
さっきまで、動きすぎて、回りすぎて、
振り切った

アスファルトの横断歩道で、
ママの周りをぐるぐるまわって、
そして、転んで、
頭をぶつけた幼児みたいな、

砂が口に入ったような、
味覚

首の後ろに氷をあてられたような感じ
そして、そのまま、首用コルセットで、
前も横もみられないように、

固定されてる感覚

ひとまず、退散!


n゜73

Enporte-moi

言い忘れていました。

私は卑怯なほど、ただ、本当のたった一つのものが好き。
それ以外は、いらない。
意味なんてわからなくても、
その声は、音は、私に、私の耳に聞こえてしまうんだもの。

私はアコーディオンを弾くのが得意だった。
先生に誉められた。
アルトのパートが弾きたかったけど、
ソプラノのパートが弾きたかったけど、
私にはテノールかバス
先生がそう決めた。
すこし不満だったけど、でも弾いた。
先生は私の鞴の具合をとても誉めてくれた。

意味なんてわからなくたっていい。
その音が聞こえさえすれば。

どこへも連れて行ってもらえなくてもいい。
その音が聴けさえすれば。

ここから遠いどこかへ行けなくても、
店の女主人にため息つかれても
私は幼い頃、
その鞴の扱いが上手いと先生に誉められた。
だから、アルトのパートは弾けなかったけど、
意味なんてわからないけど、
連れて行ってもらいたいって、
わざとじゃなくて、ただ口走っていただけ。

私はただ、たったひとつ、本当のものがすきなだけ。
卑怯なほど、どんな手をつかっても、
それを、
見せ付けてやりたいだけ。

私にアルトをソプラノを弾かせてくれなかった先生に、
私を名指して、級友の吐瀉物を始末させた先生に、
私を打ち据えて、泣き虫の誰かの代わりに眩暈がするほど、頬を腫れさせた先生に、
見せ付けてやりたいだけ

そんなこと、なんでもない。

どこへもつれていってもらえなくても、なんでもない。

私は、卑怯なほど、そんなもの無視する。
たった一つ本当のものしか見たくないから。
それ以外に見る意味がわからないから。
それ以外、意味なんてわからなくたってかまわないから。

だから、
私以外の世の中の全ての人は、
その本当のことを既に知っているのだろうから。

ここからどこへもいかないでいい。
女主人に、箒で押されてもいい。
ここにいるんだ。
意味なんてわからなくていい。
なにもわからなくていい。

ただ、くりかえしていうだけ。
忘れたから、忘れてしまったから、言い忘れていたから、
私は本当にたった一つのものだけが好き。
それだけ。

ついに女主人に放り出されても
舗道に倒れたそのままの姿で、眠ってしまえばそれでいい。


n゜66

愛のあいさつ

最近、ものごとを覚えていられなくなった。思い出しにくくなってきた。
夢で見たことか、どの人にいつ話したことか、区別がつきにくくなってきた。
だから、今日、聞いたこと、みたこと、覚えているだけ、書いておこう。
いつか、必要になることがあるかもしれないから。

医師の話。

要するに人格に問題があるということですよ。EQが低い。IQは悪くないと思いますが、EQが駄目です。
あなたのいうことは、それはあなたが中学1年生ならいいんです。でも、今その年齢ではいけません。
社会に適応しないんです。それは、そのまま続けるとひとりふたりとあなたの周りの人が去っていき、
最後にはひとりぼっちになってしまうんです。

正直なところはいいと思います。でも、それでは、そのままではいけません。つまりあなたは「オトナコドモ」なんです。
でもあなたは不思議な人です。一方で、ものすごく子供っぽく、けれど、診断書を書くから仕事を暫く休みなさいという私に、それはできないという断固拒否する大人の責任感をみせる。
あなたは私に今日全てを話していないとは思いますが、30年この仕事をしてきた私には、だいたいひと目でわかるんです。
けれど、あなたのことが今わからない。不思議な人です。もっと何か心の中に持っているはずです。

病気ではありません。ただ鬱症状がひどいです。それは確かです。
もし、今年の3月か4月、あるいは、去年の終わりくらいに何も思い当たることがないとするなら、おそらくそれは、何年も前から、少なくともあなたの転機だったという3年前には始まっていたのではないかと思います。

とにかく、少し弱い薬をだしますから、それを飲んで様子をみてください。音は消えるかもしれません。痛みもなくなるかもしれません。頭の中がでていってしまう感じもとれるかもしれません。
あなたは、このままでは駄目ですが、でも、正直だし、純粋だから、私は好きですよ。

これ以上思い出せない。
途中からあまり聞いていなかった。
つぎつぎと運ばれてくる待合室の患者のカルテを眺めながら、もう、いいです、といいたくなってしまった。
やっぱり思っていることを口に出すことはいけないことだったらしい。
あいつにしてやられたか。口惜しい気持ち。

私は前から知っていたことを、改めて認識させられたような気がして、面倒くさくなってしまった。
非難されているような気持ちになって、聞き流したくなってしまった。
でも、約束したから、19日にはもう一度、行くよ。
桜桃忌にはいけなくなるかも。根性がないから。努力もがんばりも嫌いだから。
中学1年生の心持ちしかないから。

もっと何か心の中にもっているだろうか?
私はただ、この頭の中身がでていかないように、このままの生活を保てるように、したかった。
私は自由になるために歩き、走りつづけ、ようやく辿り着いた場所でミリエル司教から「この人に差し上げたんですよ」といって手渡されたその最高級の銀の燭台をながめていられるこの生活をつづけていきたいだけなんだ。
だから、頭の中身がなくなって、目が見えなくなり、耳が聞えなくなり、燭台に触れる手を動かすことも出来なくなることが恐ろしくて恐ろしくて、こんな腐った脳ミソでさえ、ここに、この頭蓋にとどめておきたかっただけなんだ。

私はひとりだっていい。
だれが私を見捨てたって、私はその銀の燭台を、そこに灯る火を見ることさえできれば、いつまでだって、膝を抱えて、その冷たい床に座りつづける。
羨望の、緊張の、歓喜の思いで、眼をそらさずに、まばたきするのも惜しく、見つめつづける。
そして銀の燭台が時折その火を揺らめかせ、銀色を煌かせるのを逃さずに目にするとき、
その煌きが鈴の音となって私の耳に届くとき、
その振動が芳香となって私の肺に届くとき、
私は息をし、生きていることを実感し、喜び、誰かに、何かに、少しは自身に感謝するのだから。
そして、とても微笑んでしまう自分が嬉しくてたまらなくなるのだから。

「愛の挨拶」。
その樂曲を突然思い出した。
その音楽を無性にききたくなった。

私はこの自分を失いたくない。
こうして見つめつづけていたいと願う自分を失いたくない。
だから、この頭に枷をかけ、飛び散らないようにしたい、それだけを、ただそれだけを望んでいるのに。

世の中には、私は、異物らしい。
どうして?
こんなに素敵な一級品の銀の燭台をみつけたんだよ。
みんな見つけただろうけど、私だって見つけたんだよ。
私だって、私だって、みんなと同じように、この綺麗な宝物をちゃんと美しいって理解したじゃない!
それなのに、どうして、それを、認めてくれないの?それだけではだめなの?
私には他のことはできないんだもの。
だって、私は、中学1年生じゃなくなっちゃったけど、でも、遅れたけど、遅刻したけど、でもやっと、やっとみつけたのに。初志を貫徹したことにはならないの?あの日の目標を達成したじゃない。そのほかに何もなくてもいいって思って、今日まで探してきたものを見つけたじゃない!
がんばったって、それは、がんばったって言ってもらえないの?

何が純粋だ。何が正直だ。何が私は好きですよ、だ。
駄目だって言ったんじゃん。
駄目だって。
私は純粋でも正直でもない。
ただ、私は欲しかったものを、ようやく見つけたから、卑怯で姑息で醜悪な時間を駆使したその果てにようやくみつけたから、
それを手放したくないってわがままな固執で言ってるだけだよ。
それを手放さずにいられるように、頭を縛っておきたいだけだよ。

中学1年生じゃないよ。
小学校1年生の時にそれを探そうと思ったんだ。その気持ちのまま今日まできたんだ。
もっとコドモで悪うござんした、だ。

もう見つめてはいけないのかもしれないと思った銀の燭台のある部屋へ帰りたいと思った。
外へ出た私の耳に、
「こんにちは」という少女の声が遠くに聞えた。
角をまがって、赤いランドセルを背負った少女が現れた。
ああ、この子が今の声の主なんだ。
眼があった。私はいつになく、微笑んだ。
するとその子は一瞬固めた表情を氷解させ、私に発した。
「こんにちは!」
私はこたえた。
「こんにちは」
その子は微笑み歩いていき、次の角で、煙草を吸っていたおそらく初めて会うのであろう男に向かって、また声をかける。
「こんにちは!」
男もこたえる。
「こんにちは」
少女は角を曲がらずまっすぐ歩き、今度は知り合いの年配の婦人に挨拶し、少し余分に言葉を交わしていた。
愛のあいさつ。
それはその作者の意図したものとは異なるかもしれないものだけれど、
今、私に届けられた、見知らぬ男に届けられたその笑顔と言葉は、
愛の挨拶だったと感じた。

傘が役に立たないくらいずぶぬれになるほど降った雨はすっかり上がり、水平線の上では青色と雨雲とそして太陽の光が仲良く空を分け合っている。

帰ろう。
私の銀の燭台のある部屋へ。
私は老いた中学1年生でもその部屋に入ることはまだ、許されている。と思う。
帰ろう。
この頭が散り散りにならずにいられる
その部屋へ。

愛の挨拶-Salut d'amourというのがその原題なんだって。
ここにも銀の燭台の魔法がかかっていた!
なんという偶然!或いは必然!
私は嬉しくて、また、笑ってしまった。
そして私は急いだ。
私の銀の燭台が静かに置かれた部屋へ。
きっと、老いた肉体を身にまとった少女をまだ待っていてくれると信じさせてくれる、その部屋へ。


Salut d'amour / Edward Elgar

n゜22

Isに匹敵

昔、ずっと昔、世界は天も地も一つの世界でした。
そこには神さまと天使たちが住んでいました。
神さまはきれいな広い広いお庭のある美しい家に住んでいました。
お庭には、小さな天使たちがたくさんいて、神様の微笑を受けると、名前のついた決められた場所を貰って、小さなお庭を作るのでした。
小さな天使たちの小さな小さなお庭がたくさんある、神さまの広い広いお庭はそれはとても美しいお庭でした。
そして、きれいなお庭が出来ると、それを神さまがご覧になって、小さな天使は、また微笑というご褒美をいただきます。
すると小さな天使は、少し大きな天使になって、神さまから新しい名前と役割を授けられ、神さまのお手伝いをするようになりました。
少し大きくなった天使たちがいなくなったそのお庭は、また次の小さな天使たちのための空き地になりました。
微笑を受けた小さな天使たちは、神さまのお手伝いができる、少し大きな天使になりたくて、それぞれ自分の庭を一生懸命世話しました。
 
ある日、神さまは小さなサリエルという天使に、小さなお庭の世話をするよう微笑まれました。
サリエルは神さまのために、きれいなきれいなお庭を造ろうとおもいました。
きれいなお花をうえ、芳しい木を植え、小さな虫、蛙、動物、それらの生き物も住まわせました。
湖や海を作り、川の流れもできました。雲や風を漂わせ、きれいな空気もできました。
サリエルはその小さなお庭を、とてもとても大切に毎日欠かさず見てまわり、世話をしました。
自分の小さな庭を美しく彩ってくれる、花や木々や動物たちや空や水たちに、毎日話し掛け、寂しい思いをさせることはありませんでした。
毎日毎日、サリエルは神さまのために、きれいな小さなお庭を大切に大切にお世話しました。
 
サリエルが小さなお庭を任されてから、何年か経ちました。
ある日神さまはサリエルの小さなお庭をご覧になって、とても美しい優しい笑顔で、サリエルをご覧になりました。
サリエルが小さな天使から、少し大きな天使になる日がやってきたのです。
サリエルは神さまから新しい名前と、役割をいただいて、そして神さまのお手伝いをするようになりました。
けれど、サリエルの小さなお庭は空き地にはなりませんでした。
神さまはサリエルの作った小さなお庭がとても美しく愛に溢れているのをごらんになって、空き地にするのをおやめになったのです。
サリエルの小さなお庭は、その愛に溢れた美しいまま、いつまでもいつまでもそこにあるように、神さまが特別な微笑をあたえてくださいました。
サリエルが神さまのお手伝いで、いままでのようにそのお庭の世話をすることができなくなっても、花も木々も雲も風も水も動物たちもずっと幸せでいられるように、特別に神さまが微笑んでくださったのです。
サリエルの小さなお庭は、そうしてその幸せのままをずっと保っていられるようになったのです。
他の小さな天使たちは、そのサリエルの愛を褒め称え、自分たちの小さなお庭を造るお手本にしました。
それは何年も何年も小さな天使たちに受け継がれていきました。
 

それからたくさんの時が経ちました。
世界は天と地に分けられ、神様と天使たちは天の世界だけに暮らすようになりました。
地には、神さまが作られた人間が暮らすようになりました。
でもサリエルの小さなお庭の話は、人間たちにもつたえられました。
人間たちも、小さな天使サリエルの作ったような、愛に満ちた美しい町をつくりたいと思いました。
けれど人間たちにはサリエルと同じようにその町を作ることはできませんでした。
それでも、人間たちが作ったその場所のその町にはサリエルの作ったような、美しい花や木々、動物たちや、風や水や空気があります。
そして何より、愛に満ちています。
その町の名前はParisと名づけられました。
サリエルが作った小さなお庭、その場所の名前、「Is」のようにという願いをこめて、「Par Is」、「Paris」と名づけられたのです。
その町は、今も美しく、そして、愛に満ちています。
そして、これからもそれは変わらないでしょう。「Is」のように。
サリエルの小さなお庭、「Is」がいつまでも美しく、神に微笑まれるお庭であるように、
「Paris」もまた、いつまでも美しく愛に満ちていることでしょう。
そして「Paris」の町を歩くとき、遠い昔、神を愛し、神に愛されたサリエルを思い、人間たちは優しく美しい微笑を浮かべるのです。

<< 前のページへ最新 | 89 | 90 | 91 | 92 | 93